手のひらに ひのあかり

すきなものアイドル

いつか、愛の彼方まで

黒田くんが差し出す言葉、澄んだ眼差し、真っ白なステージの煌めき。目撃してきたすべてが、いまも両目の奥で眠っている。何年経っても、彼を見るたびに視界がぱちぱち閃いて、その火花が透明な結晶になって私の中に残っていく。

眩しい記憶、やりきれない怒りも、いつかは埋もれて褪せてしまう。けれどこの結晶だけは、一瞬の煌めきを確かに身体に留めておいてくれる気がした。

そうして目に入ったいつもの光さえ反射して、昨日よりも少し世界を明るく見せる。いまの私はそうやって日々を生きている。アイドルにしか与えられない、煌めきの欠片。

 

いま黒田くんのどこを好きになったのか聞かれても、もうぜんぜん説明ができないなぁ。こんなブログだって、年を追うほど伝えたい言葉に迷うもので。

私が初めて少年忍者を知ったとき、「この人だ!」みたいな運命的な出会いはなかったし、しばらくはステージ上から黒田くんを見つけ出せずに一曲終わることもザラだった。

それでもなんだか、心の端に引っかかる光を見逃せなかった。何とか手繰り寄せ続けて、いまがある。いつの間にか辿り着いた、宝物になった少年忍者。どうしようもなく大好きなひと。ほんとうに不思議なことだなぁ。

上に書いた感覚に倣うなら、たぶんそれは理由や理屈が滲んで、結晶だけが息をしているからだろう。がむしゃらな毎日だったから、小さなロジックなんてすっ飛ばされる。普通に考えたらちょっと変で、それがおかしくて笑えた。幻みたいな「好き」のかたちだった。

 

たまに、何も考えず黒田くんを神さま!と呼べれば良かったのかなと思ったりする。あるいは恋だと言い切れたら楽なのかもしれない。だけど、彼の感情表現や志はちょっと人間らしすぎるし、やっぱり恋みたいな限定された範疇には戻れそうにない。こんな人間が現実世界にいるという事実そのものが私を苦しめて、同時に世界を好きになる理由にもなった。

 

『ねぇ アイドルになりたい

すっごい愛をあげたい

このいのちの使い方を    君に愛されたい』

 

とても大切な、大森靖子ちゃんの「IDOL SONG」の歌い出し。つい最近これを聴き直したとき、ぱっと彼の姿が浮かんだ。

いままでの黒田くんのステージを思い返す。アイドルという、いのちの使い方。21歳の彼に反映されていたのは、そういう人生選択への覚悟みたいなものだったな。

 

深い愛を手渡すこと、受け取ること。彼はそういう使命をきっと何より矜持に思っていて、そんなひたむきな自分をまた、正しく愛していた。

彼自身、グループの「愛担当」と答えたり、愛についての自負は強い。けれど、それは単に愛嬌を振りまくこととは違って、誠実さや生き方で信頼し合うことにこそ、「愛し愛される」の本質があると分かっている。自己犠牲や承認欲求みたいな不安定なものじゃない。広く開かれた対等を目指す愛に生きている。

 

そもそも、人から愛される役目などというのは重すぎるわけで、黒田くんだってよく分かっているはずだ。だけど、彼にはどこか根拠のある自信があって、この重責ですら明るさによって乗りこなしているみたいだった。

 

知らない愛を教えて。私はきっと、少年忍者にもそんなふうに求めていた。私の内側にある愛を見つけられたのは、私が愛を諦めないでいられるのは、他でもなく彼らのおかげだ。

 

 

いまの黒田くんの夢は「世界中を飛び回る日本のスターになる」ことだ。相変わらず眩しすぎる。この夏に聞いたときはちょっとびっくりしたけれど、彼は言葉にしたイメージを内面化するひとだ。だから単なる野心というだけでなく、祈りに近い響きもする。現に、魔女の宅急便ではマカオ公演を成功させているし、またきっと、いつの間にか叶えてしまうんだろうなぁ。

 

22歳のお誕生日、本当におめでとう。

21歳の年のことは、きっと最後まで忘れない。それでもいま、他でもなくあなたのおかげで未来が輝かしいと信じられます。

溢れる白い光の中、ステージを踏み込む22歳の姿に早く出会えますように。

 

2026.01.20

やがて夜空になるもの

職場の名札のネックストラップにお気に入りのキーホルダーを下げている。親指と人差し指でそっと輪を作ったくらいの、ささやかな六角形のメダル。柔らかいレザーに縁取られ、中心に廃棄されたパソコンの基板の欠片が嵌め込まれたもの。

 

深いコバルトの冷たい板と、その上を奔る直線、点在する金色の端子。

……無機質なそれが、不思議と窓から見える夜景の灯りに見えてくるんです。淡く洗練されたデフォルメ。

 

今朝メダルを指先で弄りながら考えた。理性と情緒を併せ持った奥行き。なるほど理解した、この夜景って絶対そうだよな、After the Rainの曲に似てる。

 

私はかなり長い間、遠い電脳空間上のイメージによって2人を見ていた。だから「デジタルの心臓部分を切り出して夜空を映す」というのは、この上なく2人に近い表現に思う。彼らは青空を背にする姿がよく似合うけれど、私は同じだけ2人の夜の映し方が好きだった。

 

夜は私たちを否定しない時間。逃げ込んだ暗い世界の片隅を夜の静謐に変えるのが、彼らの音楽だった。After the Rainが描く夜空はいつもちょっと優しすぎて困る。苦しくなるから。それでも私は、澄んだ暗さにいつも寄りかかってばかりいる。

 

 

​今日で10年。

きっと何万年の後、いつか夜空になる心臓。いまは強い拍動を手のひらに感じて、同じ夜に頭を預けている。

 

 

最終回

約5年間続いたYouTube。その最終回が今日投稿された。同時に、約7年続くグループが閉じゆく最後の姿。1時間超に及ぶこの動画は、いま置かれた選択の中で間違いなく、いちばんに幸せな最終回だった。

 

https://youtu.be/8bmiR_mgU-U?si=shrb-cCjJ9iQKX93

 

どこよりも綺麗に終わることを許されていた。同時に、美しく終わることを迫られ続けた、とても強い人たち。選んだような突きつけられたような、その終了の間際まで、彼らはずっと少年でいてくれた。

 

 

メンバー全員でBBQなんて、忍者もこんな素晴らしい企画が実現できるんだ。そんな砕けた気持ちになんとか寄りかかって、やっと浅い息で再生できる。何度目かの嫌な汗も全く慣れなかった。だけど見始めてしまえば暗い気持ちを覆すように楽しくて、ずっとずっと笑顔の眩しすぎる動画だった。いままでで一番みんなの個性が輝いた、もう最高潮の空気感。その場にいない4人のことも変わりなく口にしていて、そんなの最終回でなかったら、誰かに勧めたいときにこれを真っ先に見せただろうな。のびのびしてふざけ合って、本当に声を出して心の底から笑った。私が大好きな幸せで満ちている。でもどこか「もう次はない」という気迫だけが異質に、薄く漂っている気がした。

 

活動を閉じたアイドルグループで、最終回を設けられたグループがどれだけあるんだろう。何度もメンバーの脱退や退所を経験した少年忍者がこんな風に終わるなんて、なんだか不思議だった。

それでも、改めてメンバーの口から「最終回迎えられて良かったね」という言葉を聞いてしまうと、発表直後の苦しい燻りがまた少し燃えたような気もして。落ち着いたふうに書いてみているけど、心の内はめちゃくちゃになっている。

 

私達はただ、この幸運を享受すべきなんだろう。だけどもし「自由に終わり方を決めていい」と言われたとして、彼らは果たして喜べたんだろうか。なんだかずっと同じことを言っていて恥ずかしいんだけど、そういう正当な怒りは一応ファンの精一杯の譲れなさでもある。だからこそ、こうちょっと畏まろうとするとすぐ無意識に表に出てしまう。

 

そんな中動画終盤、初めて「寂しい」と口にするのが皇輝くんで、それがどうしようもなく苦しかった。本当に何の他意もない、正直な寂しいの気持ち。

 

彼らの将来のこと、人生のこと。考えることはいろいろあるけど、結局私は皆が寂しい思いをするのがただつらいのかもしれない。大人になると寂しさに鈍くなるような気がしていたけど、それは私にとって、寂しさと向き合うことはとてつもなく恐ろしいことだからだ。

それでも彼らは向き合わされている。友人関係、仕事、将来、ぜんぶが溶け合う大切な場所で。

 

たしかに、これは今生の別れというわけではない。それぞれ活動のかたちは変わるかもしれないけれど、みんなちゃんと生きていて、変わらない仲のまま明日が来る。けど、このグループをなくすことがどれだけ奇妙なことかって、何よりもこの動画がアンサーじゃないですか。映画や漫画のフィクションなら大団円かもしれないけれど、彼らも私も、ずっと明日は続いていく。それは救いであって、無慈悲にも思える現実だった。

 

終わりに差し掛かると、いよいよトーンが落ちてくる。終わり、実感し始めちゃうよね。しんみりはしちゃうね。みんなが言葉を探して、会話のボールが彷徨い出す。そこで皆の目線が向いた、いちばんあかるい黒田くん。その涙に潤んだ目もと。ぱっと映ったあの瞬間の胸の詰まりだけは、たぶん忘れられない。湧の問いかけに否定も誤魔化しもせず、ただ隣で黙って泣いている。鼻を赤くして、遠くを見つめて静かに涙を堪える表情。最近舞台の演技ではよく見ていただけに、黒田くんとしてその顔を見ている事実に耐えられなかった。キキと一緒に空を飛べたトンボや、毛皮になってしまった父を見たルッキオ。そういう、心が前とは全く異なってしまうような出来事が、黒田くんの人生にも起きている。あと3分もすれば終わっちゃうシークバー。自分のフォーカスされる番が終わってからやけに静かで、なんならサムネイルでそんな予感もしていたけど、その泣き顔が物語る思いを、私たちは託されてしまった。

 

語って、笑って、泣いて、いつものように「絶対勝つぞ」って叫ぶ。いつも通り、いつも以上にいつも通りだって皆が言い聞かせている。全員で全員を宝箱に入れて、1時間は終わってしまった。

 

少年忍者がまた一つ終わりに進む。だけど私が見てきたものはフィクションじゃなくて、生きた人生の集合だったんだよな。だから、終わりたくても終われない。血の通う人間を応援するというのはそういうことだ。つまりはそれって、私と黒田くんのどちらかが倒れるまでのタイマンみたいなものなんだろうな。なんて上等なことなんだろうか。

 

愛おしさと寂しさで結局泣いてしまって、また泣き疲れて眠った。だけど前よりは少し優しい気持ちに近づいていて、寂しさの受容が進んだような思いだった。

 

2025/11/26

君の夢 風になる

TLにあらわれる彼のブログの通知。一気に空気が変わった。黒田くんの言葉自体、目にするのは解体の声明文以来で、肺の底がちょっと冷える感じがした。

 

話の入りはほかの皆と同じで、私の覚悟した通り。『グループとしての活動を終えることになった。』そんな文字を、あれだけ本気でグループを愛していた彼から受け取ってしまったという事実。21歳の身で背負うには、あまりに重すぎる言葉だった。

 

置かれた文字数以上の衝撃が身体に響いてしまって、なんだか本当に文字が入ってこない。霞む頭がぐらぐらぐらして、ひとまずページを閉じて。その先はもう、あまり覚えていない。寝支度がちゃんと終わっていたかも分からないけど、たぶんいつの間にか眠っていたんだと思う。

 

夜、久しぶりに黒田くんの夢を見た。幸せな視界にどきどきして嬉しくなって、でも今日だけはそれもすごく苦しくて。だから分類するならきっと悪夢だ。起きて泣いた胸の詰まる明け方。ぼんやりとした月曜日だった。

 

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読み返す決心がついたのは、結局1日仕事を終えたあとで、ページを開いてから物凄く長いあいだ文字を追っていた気がする。そのときの気持ちを残したかったけど、それもよく思い出せない。身体は忘れようとしているみたいだった。

 

みんなと張り合えるくらいでっかい夢で

めちゃくちゃ幸せになってみせます

 

そんなみんなの未来が輝かしいことを願っ て、

そして僕自身もそうであるよう

これからも精進していきます

 

読み終えて身に染みたのは、こういうときにこそ、黒田くんは眩しさを増していくんだということ。

ああもう、本当に悔しい。どれほど苦しい状況でも、彼は変わらず光であろうとしている。その変わらない強さに、また負かされてしまったような。この苦しさの中には確かに、いつも通りの黒田くんへの心地よい悔しさがあった。おれとあなたは同じだけ価値がある。おれも幸せになるし、あなたも幸せになるんだよ。そんな対等な目線に、何度も手を引かれてきた。

 

豊富な語彙や巧みな文章構成で魅了するひとがいる。けれど、黒田くんはそういうタイプでもない。だけど一度読めば、きっと誰もが感じる。とにかく、ひたすらに眩しい。じっと目を見つめたような、真剣な言葉の連なり。

 

そもそもこんな煌々とした言葉、普通そんなに重ね続けられないだろって思うよ。強い言葉を何度も並べると軽く見えてしまうから、みんな言葉を捻って捏ねる。だけど彼の言葉は、いつも軽くは思えなかった。書き続けて、体現してきたから。内面化してきたというのが相応しいのかもしれない。言い切ることを恐れず、一文ごとに丁寧に置かれた気持ちは、どれも本心なんだろうなと信じられた。

 

黒田くんはきっと、瞬間的な思考をぱっと言葉に変換するのはどちらかといえば得意ではないんだと思う。だけど時間をかけて向き合える文字にはすべてをぶつけようとする。これは私の憧れる姿勢だ。

 

訪れたファンが悲しいままにブログページを閉じるようなこと、黒田くんは許さない。自分がすごく愛されていることを知っているし、好きな人間からの暗い報告は鋭すぎると分かっている。

だから冒頭に撃たざるを得なかった一発の凶弾を、彼は思いつくだけの愛、自身の内側から探した言葉の花束で埋めようとした。彼の生きてきた環境の証明としてもう、この上ないブログだった。

 

今後の未来がどうなるかなんて誰にもわからないけど

それでも、あなたがいれば何にでもなれるって信じてます

 

  ・

数日前、終わらせるために始める物語ってなんなんだよみたいな怒り方をしていたけれど、黒田くんにブログ終盤で「終わりがあるから始まりがある」と諭されてしまって、なんだかちょっと笑えた。言葉だけ聞けばありきたりな……と思っただろうけど、黒田くんに関してはここまでに書いたとおりだ。

 

大好きだな。悔しいよ、本当に悔しいんだよ私。反論したくなる気持ちは残ってるし、心から「そうだったね」とはまだ思えない。私だって黒田くんと同じで少年忍者が大好きだから。

だけど彼らは既に何回も通った道で、何百回も苦しんで乗り越えてきた。だから黒田くんが胸を張ってその日を迎えるなら、私が追随しない理由は存在しなかった。たとえ明るさと暗さを往来したとしても、確かに目指す先は黒田くんだ。終わりがあるから始まりがあって、その先に何があるのか。一体どんな言葉が聞けるんだろう。

 

早く会いたいなぁ。必ず会えるから。いまなら夢でもいいと、そう思えた。

 

2025.11.18

叶わぬ祈りに

綺麗に終わったものは、たとえ終わりでも肯定しなくちゃならないのか?何かを終わらせるために始めることの一体どこが尊いんだろう。喪失を目前にしても、歩みを止めない。止められないことの恐ろしさ。綺麗に終われて良かったねだなんて、そんな言葉で何一つだって許せるわけがなかった。本意の隠された選択に私は何を預ければいいんだよ。終わりのための美しさって、なくなるために残すことって、それが最適になる世界ってなんなんだよ。

 

仕事が終わって21時、友達から「見たら返事ください」とLINEが来ていて、通知をスワイプすると異常なFCメールが来ていた。予期される最悪の展開に、体温が消えていくような感覚。でも同時にどこか物凄く冷静な気もしていたと思う。分からない。何も考えたくない。まるで自分が第三者のような気持ちで、示されるまま朦朧と、しかし淡々とサイトページを開いてみれば、無慈悲であっけない文字の連なりだけがあった。ただ、夢を見てるみたいだった。

 

そのときちょうど友達の家の近くに来ていたから、すぐレンタル自転車を走らせて会いに行った。週も半ばにこの仕打ち。友達に至っては、この世で最も愛を誓うそのアイドル当人の主演舞台から帰ってきたばかりだった。相変わらず洒落たマゼンタのトレーナーを着た彼女の、綺麗に巻かれた髪の跡。皇輝くんのためだけのそれがなんだかとても辛く見えてしまって、たぶんこれからもたまに思い出すんだろう。彼女が翌日の公演からどんな手紙を出したのか、いまはまだ知らない。

 

少年忍者は終わる。この先、公の場で少年忍者という名前を聞くこともなくなる。突然かと言われるとそんなわけもなく、他のグループに比べたら長らく予感も覚悟もあったはずなのに、いざとなるとこうも入っていかないものなんだなぁ。先んじて解体されたグループのオタクの心情を、私は理解できていなかったんだと初めて実感した。

 

加えて、忍者を見つめた人間にしか分かりえない悔しさや虚しさだって生々しく存在して、それが難儀でなんだか何も許せなくなるときがある。タイムライン上で適当な展開予想を垂れるオタクをぶん殴って、守れなくてごめんとか抜かすオタクをどこかに沈めたかった。無責任な言葉が受け入れられない。世界は今すぐこっち向いて忍者を見ろよと思えば、よく知りもしない人間に何が分かんだと思う。ああオタクは何も悪くないのにと思い直しても、事務所や世間という見えざる悪に石を投げたところで虚空に落ちていくだけだ。ずっとずっと、それがやりきれない。

 

もうインターネットを見たところで何も得られないどころか失ってしまいそうで、いまはもっとこの気持ちを大事にしないとって、閉じた空間で忍者のこと思い浮かべた。

 

2年半くらい前に、メンバーを主演として本人役を演じる「俺たちのBANG!」という舞台があった。黒田くんの聞き間違いから皆グループが解散すると思い込んで、すれ違ってぶつかりながら、それでも全員が納得のいく最後を模索するストーリー。

 

いま思えば、こんな話は現実で解散なんてありえないからこそできる舞台で、平和で幼気で泣けてくる。思い出す表情はどれも少年そのもので、あどけなくて苦しかった。

 

舞台のクライマックス、少年忍者のラストライブとして実際にパフォーマンスが披露されるのだけど、その冒頭に当日の日付を踏まえた皇輝くんのナレーションがある。……『2023年X月X日、僕たちは解散する。これから始まるのは、21人で作り上げた最後のステージ。でも、僕たちは解散しに来たんじゃない。取り戻しに来たんだ』……。

 

……薄暗く赤い照明と共に、重く物々しくReady to Raiseが始まる。書き起こしじゃ分かりやすい演出に見えるかもしれない。だけどすぐ目の前のステージで命を削って踊る姿を見たら、もう本当に最後なんじゃないかって涙が止まらなかった。はみ出して駆け抜けて、ぶち壊して終わるためのステージ。それが宝箱に収めるようなものじゃなかっただけにいま、やたら並んで頭に浮かんだ。

だめだ思い出したらキリがない。全部思い出せるから辛い。自分が思っているよりも、少年忍者を中心としたすべての思い出が大好きだった。

 

グループが21人であることの価値、それを証明することがいつも彼らの出発点で、目標でもあった。選んで21人になったわけじゃない。それでも21人でいることを選択し続けて、唯一無二の魅せ方を他でもなく自分たちの手で打ち立てた。DreamersとThe Shining Star。革命の厳粛さと、星と魔法の煌めき。その2軸を中心に据えて進んでいくことは、後にも先にも彼らにしか不可能なんだ。

 

グループのあり方に対して、無数の言葉に苦しめられてきたことも分かる。前の劇中でいえば、本人役で湧は「もう時間ねぇんだよ!」と掴みかかるし、颯太は「こんな出来損ないチーム、最初から無理だったんだよ!」と叫ぶ。本来フィクションなのは大前提として、でも本音らしいことを口に出したり、パフォーマンスに込めるのは度々あることだ。そこで彼らがどれだけ息苦しい環境にあって、希望を失いそうな経験をしたのかいつも垣間見えた。それが当時の忍者のステージらしさの一端でもあり(世間的にはよく燃えてたけど)、でもその荒々しい若さを守り通したからこそ、いまに至る"少年"がある。

 

ここじゃ言わなければ無いことになるし、表現しなきゃ伝わらない。大人しく列に並んで番を待つ時間はない…。そういうもどかしさや焦り、抑圧への反抗がいつも原動力だった。正直私だって不安になることもあったけど、それを凌駕していく力があった。このままずっと、走り続けてほしかっただけなんだ。

 

書きながら怒りと俯瞰を往来している。ふだん過去の話ばかりしないように戒めているのに、昔話が増えてきて少しいやだ。でも逆に言えばたぶん、いましか思い出せないと思う。

 

少年忍者は事が起こる前から順風満帆ではなかったし、恵まれず悔しい思いをすることも多かった。だからこそ新曲も歌割りも、小さな一つひとつがどれも本当に大切だったんだよ。

2022年のKEEP GOING頃から徐々に個の対立が1つのグループ表現に溶け合っていったこと。ずっと一曲で戦ってきた太陽の笑顔に次いでMerry Very Go Roundをもらったことも、翌年サマステサポーターを務めて、初めて一人ひとりに誂えた揃いの衣装をもらったことも。アクスタや個人うちわも出て、こんなに嬉しいことはなかった。そして横浜アリーナの真ん中に、21人が横並びに登場したこと…。

時には愚痴も言ったし、他所を羨ましく思ったこともあった。でもふと、グループでいられる環境のありがたさを静かに噛み締めたり。それら全てが、確かな私の日常だった。だからただ、この先のことが思い描けないだけ。

 

「こぼれ落ちる涙は隠さない」でわずかに向けられる黒田くんの左の頬。シャイスタのそれが、見るたび大人びていくのが本当に大好きでした。これから先は、全く違うシーンの重なりに成長を感じることになるんだろう。きっと別のメンバーと、別の曲の中で。

 

そんな姿を私は、確かに心から期待する。私は未来への不安みたいなものは不思議とそこまで感じていなくて、それはここまで黒田くんが黒田くんとして燃えながら照らし続けた信頼だ。何者にも左右されない絶対的な熱、夜を埋める篝火の光。怒ったり悲しんだりしながらでも、変わらず黒田くんがそこにいるなら、いつか必ず前を向いていけるだろう。

 

それでも、今だけでも、少年忍者の黒田くんに祈っていたい。嘘、今だけなんて言わないでずっとずっとこの先も。笑顔で出会える日が来ると知っているからこそ、私はありのままに怒って、世界を嫌いになりたかった。

 

2025.11.13

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波とうねり

2人の音楽には、どれだけの感情や物語が映っているんだろう。After the Rainという音楽の中には、明らかに彩度の違う世界が無数に並行している。2人分の人生から生み出されているとは信じ難いそれらを、音楽性で統制して、歌声で調和させている。

 

……と、10周年のお祝いのために昔のメモを広げたら出てきました。アイムユアヒーローのライブに連れて行ってもらってすぐ、何か残したいなと思ったときの。意味不明なんだけど、あの冬のキラキラした高揚を思い出せば、今日まで削除されてなかった意味もちょっと理解できる。

もはやそれは、音楽の幅とかでもない。空想とリアルの間を2人で往来する姿、人間らしい感情に溢れたそれが、ああ本当に好きだなと思えた日の、確かな記憶だった。

 

 初めて私がAfter the RainのCDを買って、ライブに連れて行ってもらったのは2年前のアイムユアヒーローで、だから本当は、何かを書く資格には足らないような気がしている。私が立っているのは入り口で、近づくにはまだ時間がかかりそうだ。だけど、2人の曲はどこにいても剥き出しで届いてくれた。明るい道でも暗い部屋でも、そこが入り口でも関係がなくて、だから大人になっていく私の手の中にも、命綱みたいに実態を持って現れてくれた。それならばと、この感謝と敬意を持って、入り口らしく2人のことを眺められたら嬉しいと思った。

 

先に書いた「どこにいても剥き出しで届く」というイメージは、どんな心のカタチも決して爪弾きにしないという、音楽の上での公平さに助けられたところにあります。心の凸凹にさらさらと入っていって、一人ひとりの胸のすき間を丁寧に埋めていくような音楽。包帯からメス、薬や麻酔であっても取り扱うことから逃げない。そういう曲を聴いて、私はちょっとずつ自由になれたんだなと思う。私はライブ中アイスクリームコンプレックスの甘い熱に浸ったすぐあと、レッドスプライトがガッツリ刃を入れてきた動揺がいまだに肌に残っているんだけど、その落差にこそ、「好き」の表層を突き破るパワーがあった。

 

After the Rainの曲にはたびたびに、鮮明な風景と物語が描かれていて、そういう曲を聴くときは「これ私のこと歌ってる…」みたいな当事者的な聴き方ではなくて、挿絵の美しい本のページをめくるように純粋な読者・観測者としてのポジションに席を移る。

あんまりうまく言えないんだけど、そういうこちらのこととかは歌っていない大事に閉じられた曲でも、私が"私"に向き直らせてくれるための十分な余地みたいなもの、それが世界に設定されているところにとても嬉しくなります。曲が渦の中心となって、リスナーら一人ひとりが自身に引き寄せて聴いている。どちらかといえば皆が努めて曲に近づいて、祈りの海に沈んでいくこの空気は、すごく厳かで特別だと思う。

 

私が知る限りの2人組ユニットというのは、「2人の作る世界に聞き手を招き入れる」というイメージにあるんだけれど、独立した2人の世界もここでは向き合い混じり合って、その裂け目にリスナーは誘い込まれ、接続していく。それは1人と1人ではなくユニットだから生まれた空間だなあと感じられて、また何度でも、感謝の気持ちに立ち返っていくのだった。

 

もちろん、第三者的な体験だけではなくて、私の心臓にダイレクトに突き刺さる曲も同じだけある。個人的な考えを言えば、その根本の一つには「ねじれの許容」みたいなものがある気がしていて。

アイムユアヒーローから引用するなら、レムの「言葉は届かないほうが心地良かった」とか、ライアには「疑うことでしか信じられなかった」とか。通常ならあまりイコールでは結ばれない、矛盾の文脈がたびたび現れる。この端的な背反はシンプルで分かりやすいけれど、私は曲中のこういうフレーズに突然引き寄せられて、意識が戻る感覚が不思議だった。

 

遡れば「期待外れでいたいなんて いつから願ってしまった?」と同じ根の上で、日を巡りながら咲き続けてきたのかもしれない。深層に眠る感情は勝手に正論からズレていくし、リアルタイムに歪みを重ねていく。それは私たちが生き延びるための防衛手段で、内面との整合性を取らないとやっていけないからなんだけれど、だけどその歪みの存在自体が私たちを苦しめてくる。それでも個人それぞれの矯正力の強さで何とか生きていて……。他者からも、自分でさえも見えない底のほうで、本音はなぜか絡まってほどけなくなっている。いや皆がそうではないんだろうけど、少なくとも私はそう。そうだったから、それの絡まりごと歌になって当たり前のように語られたのが、なんだかすごく心地よかったのだと思う。

 

たぶん、2人とも感情のねじれに対して敏感なのかなと思います。その上で、インターネットという私たちが元来生き延びるための空白の意義を誰より分かっている。まふまふさんと、そらるさんだからこその許容的な空間。ここでアイムユアヒーロー、悲しくてたまらないときに一緒に泣くこともヒーローだと表題にあげてくれたことを思い出して、そこに全部があったなと思った。

 

 

自分を遡ると、ニコニコ動画のバージョンがGINZAに改められ、終わっていく程度の期間は、毎日をインターネットに費やしている。当然それは歌い手の興り真っ只中で、教室でも「好きな歌い手」についての議論に日々巻かれていた。結局は私に「好きな歌い手」はできることなく終わっていったけれど、痛いくらい幼く青かった記憶の中で、超新星のように皆が目指す、熱い渦の中にあった名前こそがAfter the Rainだ。満ちた気迫を誰もが肌で感じた。

いま戻って知ることはできない。それは当時を知る人だけの領域だ。それでもたぶん、私にとっては確かにここで出会うべきだったんだと思えました。思えたのは、2人が時間と音楽を塗り重ねた厚みにいまも触れられるから。活動を続ける2人のおかげで、私はやっと、巡り合えたように思います。そして彼らの音楽が続いて、残りゆく限り、未来でも同じような出会いが無数に広がっていくのだと思っています。

 

 2人が1つのユニットとして今日も在り続けていてくれること、2人の人生が今日も音楽という営みの上に立っていること。心から感謝の気持ちでいっぱいです。これからも、たくさんの人に届き渡りますように。

 

 

2025.10.19(After the Rain 結成10周年によせて)

#AtR結成10周年お祝い企画

繰り返す星めぐり

いつの間にか今年も5月になった。春の陽気がやさしくって、だけど夕暮れの風は冷たくて。新生活の息苦しさをひとり吐き出す毎年のこの空気は、あれ、もうすぐ黒田くんの入所日、と思い出させてくれる。

 

それでも正直、私はこれまで入所日についてあんまり重要視していなくって。何年目だっけ、えっと、じゅう……と改めて口にしたのがあまりに思いがけないものだったから、何度も計算し直したり、むかしの周年のISLAND TVを見返した。それでも未だに、ぼやけてよく理解できないままだ。

 

気づけば数字は膨らんで、いつの間にか10年目。 これが21歳が抱える数字としてどう捉えるかどうかは人それぞれだけれど、この「総アイドル時間」の単調な数字の裏側には、アイドル黒田くんが与えてきた光の総量から背負った責任に至るまで、想像のできない積み重ねがある。ただ重く深く胸に響くもの。

これほどの大きな節目を迎えても、彼の名前の後ろにはいまだジュニアという肩書きが添えられる世界。それでも、それでも黒田くんは絶対的につよかった。暗い現状の中でも、ずっとずっと変わらない光度。毎晩かならず空にあらわれる星の巡りみたいに、いつだってそこにあるんだと信じさせてくれた。

 

黒田くんの最近のブログは、目線を合わせて覗き込んでくれるような優しさがある。

更新されるのはどうしてかいつもメンバーの編成発表があった日の翌日だ。みんなが言葉に詰まって、音を失ったような静けさに目を伏せた日。

いつもの明るい語り口で始まりながら、ふとした瞬間に真摯な感謝のトーンへと空気を変える文章は、泣きそうなくらい黒田くんそのもので、まっすぐだった。いつものとおり、ファンに向けた愛で包んだ文章。まるい光が目に染みる心地だった。

 

ほんとうは心の奥で何を思ってるのかなんて、私たちは何をしても知ることはできない。分かりやすい人に見えて、案外底が知れないのもまた黒田くんだ。

だけど、たとえ黒田くんの言葉のすべてが巧みな嘘だったとしても、あぁきっと優しいひと、ということだけは揺るぎなく信じられる。だから結局、黒田くんのことが好きだろうな。じゃあ結局私は無条件に黒田くんが好きじゃん!そうやってなんだか無敵になったような高揚感で、いつも最後は笑顔になれるんだった。

 

なんとなく、黒田くんの中には「こうありたい」という理想の黒田光輝の姿があって、それを一つずつ着実に体現しているように感じた。余裕と懐の深さ、何よりも一人ひとりへの愛を忘れないこと。彼が抱く『アイドルらしく、アイドルでありたい』という強い欲求は、ともすれば義務感に近いのかもしれないけれど、きっとそれこそが黒田くんの曇りない人格を形成しているように思った。そんな黒田くんの芯の強さを見るたび、私は心から憧れを抱いて、私もこうありたいと何度も強く願う。自分の理想を自分の手で掴み取るつよさに、素直に憧れた。

 

何よりまずは、黒田くんに会いたい!の思いが募ってどうしようもないな。黒田くんが最後に舞台に立ったのは今年1月のジャングル大帝。役柄でなく黒田光輝としてパフォーマンスしたのはもう去年の夏のことになる。少クラもISLAND  TVもYoutubeもない今、私はジャングル大帝のカーテンコールでのわずかな挨拶にさえ、必死に縋り続けていて。それほどまでに、黒田くんが「黒田光輝」として語る姿を求めていた。

 

ファンと黒田くんの間に流れる空白の時間が長くなるほど、私が作り上げるイメージの黒田くんが、現実の彼から遠ざかっていくような気がして、少し怖い。確かに黒田くんはそこにいると信じている。それでも、拭いきれない不安があるのは本当だ。

 

だけど、前を向いて彼を応援したいと思えるのもまた、私にとって黒田くんがすべての出発点だからだ。ファンとアイドルってふしぎな関係で、最高だ。

だって私、黒田くんのファンだもんなぁ。それだけで理由のない自信が湧き上がってきて、なんだかとても嬉しくなる。私が受け取った炎は、そう簡単には消えないんだ。

 

「涙で濡れた過去も 塗り替えるような明日を」。黒田くんの大切なソロパート。任されたそのたった一つフレーズに、彼のすべてが込められているって、改めて思う。これまでの幸せは絶対に取りこぼさないように大切にしながら、これから先、もっといろんな黒田くんが知りたくなった。ずっと一緒に明日を夢見ていたいと強く思った。何にも負けたくない。絶対に勝ちたい。たくさんの人を巻き込みたい。叶えたいことがまだまだたくさんある。諦めたくないよ、絶対に。

 

未来まで、ずっとずっとこの幸せが続いてほしいと願っています。黒田くん、アイドル続けてくれて本当にありがとう。

 

2025.05.02